青森県の民芸品|工芸品の最近の記事

青森のお祭りはねぶた祭で売られている金魚の形ををしたねぶた。
これを「金魚ねぶた」といいます。

金魚ねぶた画像

そもそもは灯籠用として作られたのだと言う説があるようですが、あまり歴史は古くないようですね。
歴史の書物を参照すると天明年間あたりからこの金魚ねぶたの絵が出てくるようです。

この金魚はなにがモデル化というと、津軽錦(つがるにしき)という金魚がモデルになっています。

津軽錦は、江戸時代の天明年間に、津軽藩の武士だけが飼う事ができた金魚だったそうで、その土地の特別な金魚ということから、「地金魚」と呼ばれていました。
ただし江戸時代からつづいたこの津軽錦はいったん絶滅してしまいました。そのため近世になり、他のいくつかの金魚の雑種から津軽錦を復元させ今日にいたっています。

なぜこの金魚をねぶたにしたのか? 
という事の、正式な理由はわかっていないようですが、おそらくは特権階級の武士しか飼育する事ができなかった為、一般の人達はこの津軽錦に憧れを抱き、ねぶたとしたのでは、と言われているようです。

八幡馬(やわたうま)は、青森県八戸市周辺の地方を中心に、約700年前からある郷土玩具民芸品です。
非常にきれいな色彩で、赤と黒の馬が対で作られているのが特徴です

yawata.jpg

約700年前頃に、青森県南部の八戸のあたりにいた木工師が、木彫りの馬をつくっていたのが八幡馬のはじまりであるようです。

その後、これが農民の間につたわり、副業として馬をつくりお土産として、寺社の参詣者に売られるようになりました。またこの青森八戸地方を治めた南部家の鎮守櫛引八幡宮の流鏑馬(やぶさめ)において奉納されたりもしたとか。

こういった民芸品が農民の副業とさているのは、山形の民芸品、お鷹ぽっぽで有名な【笹野一刀彫り(ささのいっとうぼり)】なんかとも通じるものがありますね。

昔の八幡馬の人形は、背中の部分の毛などに、本物の馬の毛を植えていたとか。さらに形状ももっと素朴でシンプルなものだったようです。

大正のころには色鮮やかな模様で造られるようになり、現在の美しい八幡馬(やわたうま)の形がかくりつさていたようです

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