2009年9月folkcraft 民芸品、凧、こけし、はりkアーカイブ

剣玉(けんだま)、世界的にいろいろな国で遊ばれている玩具である。
剣玉、拳玉、剣球といった表記があったようだが、現在はこちらの「けん玉」が一般的な表記。

けん玉 剣玉
けん玉の画像

先がとがっている、丸い棒状と横の皿の部分を含めて「けん」と呼ぶ
ヒモの先についている円の球を「玉」という(当たり前だが...)
両方あわせて「けん玉」なのである。

どうやらフランス国王アンリ3世などが大好きでけん玉(当時はビルボケといわれ、現在のけん玉の横の皿がないやつのようなもの)で遊んだという記録も残っているようで、とても由緒ある玩具であるようだ。ちなみに現在のこのけん玉のルーツはアンリ3世などが遊んでいたフランスのビルボケであるという。
日本に紹介されたのは江戸時代あたりだといわれ、喜多村信節という人が書いた『喜遊笑覧(きゆうしょうらん)』に「安永六七年の頃拳玉と云もの出來たり」という記載がある事が知られている。
さらにこの当時は、けん玉は酒の席での遊びだったようで、酒飲みながら?けん玉をしていた、ようである。

けん玉のまめ知識
•けん玉の技は5万種類ぐらいあるらしい...
•1977年、「けん玉ルネッサンス」という、「けん玉」の大流行があったようだ...
青森のお祭りはねぶた祭で売られている金魚の形ををしたねぶた。
これを「金魚ねぶた」といいます。

金魚ねぶた画像

そもそもは灯籠用として作られたのだと言う説があるようですが、あまり歴史は古くないようですね。
歴史の書物を参照すると天明年間あたりからこの金魚ねぶたの絵が出てくるようです。

この金魚はなにがモデル化というと、津軽錦(つがるにしき)という金魚がモデルになっています。

津軽錦は、江戸時代の天明年間に、津軽藩の武士だけが飼う事ができた金魚だったそうで、その土地の特別な金魚ということから、「地金魚」と呼ばれていました。
ただし江戸時代からつづいたこの津軽錦はいったん絶滅してしまいました。そのため近世になり、他のいくつかの金魚の雑種から津軽錦を復元させ今日にいたっています。

なぜこの金魚をねぶたにしたのか? 
という事の、正式な理由はわかっていないようですが、おそらくは特権階級の武士しか飼育する事ができなかった為、一般の人達はこの津軽錦に憧れを抱き、ねぶたとしたのでは、と言われているようです。

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